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アメ村マンガ研究所

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カテゴリ:日曜マンガ博物館( 31 )

日曜マンガ博物館(11)伊藤理佐&吉田戦車夫妻

日曜マンガ博物館
第11回


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伊藤理佐&吉田戦車夫妻


互いに離婚歴がある漫画家、伊藤理佐と吉田戦車が2007年に再婚したというニュースを聞いて、その意外すぎる組み合わせと、さらに意外なほどマッチしていたというのをよく憶えています。

互いに90年代を代表する漫画家であり、それぞれの作風で他の追随がなく、唯一の存在であった。その作風等は今更説明することもないと思います。

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そんな二人が出会ったのは、必然だったのかもしれませんが、伊藤理佐の漫画のネタにもなった彼女が建てた一軒家に二人が生活するのではなく、通いだったり、仕事場が別々だったりと、再婚夫婦にありがちで、漫画家同士の結構生活を送っていたのかもしれません。

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そんな二人に転機が訪れるのは、二人に子供が授かり、2010年に女の子が誕生した時に起こるのではないでしょうか。そのいきさつは「まんが親」に詳しく載っており、吉田戦車の狼狽っぷりや伊藤理佐の落ち着き、その延長線上の子育て、互いのつこっみなど、漫画家ならではでなく、夫婦の、家族の日常が描かれている。

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二人の子供の日常を通して、二人の漫画家が右往左往、吉田怒られるなどのマンガをこの漫画家たちが同じテーマで、同じベイビーをテーマにしてマンガを描く。こんな漫画見たことないですね。この2冊を見比べてみて、その違いを発見するのでなく、その毎日、その毎日の家族、その毎日の家族の愛を感じてみませんか?

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お互いが、お互いのマンガに登場しているのだが、似ているということも大事だが、一切デフォルメしていないというのは愛の表れなのだろうか?
by manga_do | 2012-05-27 00:00 | 日曜マンガ博物館 | Comments(0)

日曜マンガ博物館(10)ナウシカの「新聞広告」って見たことありますか。

日曜マンガ博物館
第10回


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ナウシカの「新聞広告」って見たことありますか。


先日の5/11に金曜ロードショーで、なんと15回目の放映となった「風の谷のナウシカ」の視聴率が14.6%という再放送では到底考えられない高視聴率を叩き出したことが発表された。

15回。2年に1回のペースで放映されていて、もう「周知の事実」のはずの作品であるはずなのに・・・。

その世界観、ストーリー、その後の日本アニメ界に与えた影響等は今さら語るべくもないでしょうが、とにかく今もって超えることの出来ない不滅の金字塔も、上映前、上映当初は何かと不遇の時期を過ごしており、アニメーション映画として決して「成功」とは言えなかったのです。と、いうことは意外と知られていないことで、それの資料も実は少ない・・・と思いきや、まだその時代の記録として、現在も刊行されている本が2冊あります。

・ナウシカの「新聞広告」って見たことありますか。(徳間書店)
・映画 風の谷のナウシカguide book 復刻版(徳間書店)

 の2冊です。


「ナウシカの「新聞広告」って見たことありますか。」はジブリ作品を新聞広告で振り返り、当時の広告担当や制作担当の証言をもとに、いかにジブリ作品が今の地位を築くに至ったのかという貴重な資料本です。

「ナウシカ」はジブリ作品(正確にはジブリの前身トップクラフト作品)の一番最初の作品でありますから、資金、周りの大人の理解、人員、制作現場、全てがこのような大規模作品を手がけるには「一大プロジェクト」でした。

その苦悩というか手探り感が公開前の新聞広告から現れています。

「地球が危ない。飛べ、ナウシカ!愛と勇気を胸に・・」

これは公開2ヶ月前の新聞広告のコピーで、ナウシカを何度も見ている人にはくくりがデカすぎて首をかしげてしまいます。

「すでにご覧の99%の方が絶賛!」

公開2週間後の新聞広告です。確かに全員が絶賛するような内容ですが、99%は誇大広告の範疇すら超えていますね。

「いま、感動はナウシカ!もう10回以上見たという方も・・・とにかく凄い評判なのです」

もうてんこ盛り、これでもかのオンパレードです。

このように「ナウシカ」は現場の広告マンや制作スタッフの手で、異例の超ロングラン公演を果たすことになるのです(1984年3/11公開からその年のお正月映画の時期まで)。これはもはや歴史書です。この本を読めば読むほど、この映画の凄さとその映画に少しずつ影響されていく人たちのうねりみたいなのが徐々にあわられ始めます。

その後、スタジオジブリが立ち上がり、資金面、人材面、認識面でも1本の未知が拓けて、1986年には「天空の城ラピュタ」につながり、今のジブリの全盛期になっていくのです。

もう1冊の「映画 風の谷のナウシカguide book 復刻版」は1984年当時に発行された「ナウシカ」のいわゆるメイキング本で、当時のインタビュー、制作メモなど貴重な資料がそのままの復刻版として出されているものです。当時の鬱屈した感じや、息吹みたいなものを感じるにはもってこいの1級史料です。

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この2冊を読んで、2年後に訪れる「再放送」に備えると16回目が99%の方にさらに絶賛されると思いますね、多分。
by manga_do | 2012-05-20 00:00 | 日曜マンガ博物館 | Comments(0)

日曜マンガ博物館(9)横山光輝 三国志

日曜マンガ博物館
第9回


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横山光輝版 三国志

(横山光輝・潮出版・新書版全60巻、文庫版全30巻)


最も有名な中国の歴史を描いた「三国志」。15世紀に成立した「三国志演義」というお話を基にこの横山光輝版三国志は描かれています。

時は2世紀後半から3世紀前半(日本は弥生時代)の中国。中国全土を支配していた漢帝国は、最盛期の勢いがなく、飢饉、内乱、政治の腐敗等「死に体」であった。その乱世にあって、漢帝室の末裔を名乗る「劉備玄徳」と乱世の混乱の中から力を付け、皇帝をも凌ぐ力と富を有した「曹操孟徳」の覇権を争う物語です。これに江南地方の「孫権仲謀」を加え、中国を三つに分けての争いを描いたのが三国志です。

日本では吉川英治が小説で発表し、広く知らしめる結果となりました。1971年から始まった横山光輝版三国志ですが、これは「三国志演義」「吉川版三国志」を踏襲しつつ、描写や台詞、構成等は横山光輝オリジナルともいえる内容で、小説からでも、漫画からでも読み始めると互いの相違点がよくわかります。

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1971年当時、あまり資料がないということもあって服装の時代考証がまちまちだったり、話し言葉も日本の時代劇見るような感じで、武士と農民のような会話だったりと「マチマチ」な感じは否めませんでした。

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この作品の最大の魅力は三国志を横山光輝自身の作品にしたことではないでしょうか。彼独自のオリジナルストーリーが混ざっていたり、多彩なキャラクターを並列化せず個々に描き切ったり、わかりやすくしたりと、とにかく60巻もあるから色々あるだろうというノリな部分です。

私は高校生の時に30巻まで買って、残り30巻を友人から格安で譲ってもらって60巻コンプリートしました。その後、トイレに本棚を作って、「長考」の時に少しずつ読み進めるということを何度も何度もし、何度読み返したでしょうか?その都度、新たな発見や心に染み入る考えが浮かんでは消えていきました。この本に影響を受けた人は多いと思います。

なんてったって、60巻もあるから色々ありますよね。

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by manga_do | 2012-05-13 00:00 | 日曜マンガ博物館 | Comments(0)

日曜マンガ博物館(8)頭文字D

日曜マンガ博物館
第8回


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頭文字D

(ヤングマガジン連載中)
(しげの秀一・講談社・現在44巻まで刊行中)


1995年に連載が始まり、始まるや全国に、いや世界に「ハチロク」ブームを起こしたマンガ。その影響は、実際の車にまで及ぶものでした。

あらすじを少し。
群馬県の秋名山(架空の山。群馬県の榛名山の事と思われる)にとてつもなく速い走り屋がいると言われていたのだが、その正体は「藤原とうふ店」の高校3年生の一人息子、藤原拓海だった。家業の豆腐店の朝の配達に、愛車AE86トレノを駆使し、秋名山の峠道を使っていたのだが、早朝で眠いから早く帰ってもう少し眠るために、限界を超えすぎた超絶ドライビングテクニックを駆使して秋名の峠道を激走していたのであります。
ある日、赤城の走り屋「赤城レッドサンズ」の高橋啓介が藤原拓海の「ハチロク」を目撃し、勝負を挑むのだが、あっさり惨敗してしまう。負けたことがない高橋啓介は、その正体を確かめてみるとなんと自分より年下の高校生だった・・・。ここに藤原拓海の、秋名のハチロクの不敗神話が始まる。

夜な夜な群馬や栃木、関東の峠道で繰り広げられる「峠バトル」、これがこの漫画の基本のお話になっています。高校3年生でありながら、並み居る峠の主や、はたまたレーサーをも打ち負かしていく。彼のドライビングテクニックは誰も想像したことのない、「型」のあるやり方でないけれども、車とは?ドライビングとは?という基本中の基本を押さえたからこそできる芸当になっている。車は連載当時ですら旧型となっていたAE86。峠道といった限られた空間ながら、2世代前の車で高校生が勝つ。これに読者は熱狂し、次はどんなクルマが負かされるのだ?と楽しみにしたものです。

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現在は走り屋チーム「プロジェクトD」のエースとなり、数多くの人との対戦や出会いと別れを繰り返す中で、着実に大人へとなっていく拓海の姿が描かれています。

この漫画の魅力はなんなのか?改めて考えてみると、まずはリアリティあふれる描写でないでしょうか?車は1台1台、動きも違えば、出す音も違う。それを漫画という2次元の世界で、音すらも表現するのか?難しいところですが、このマンガは臨場感どころか、とてつもなく速く走っている車が目の前を過ぎていく瞬間を見事に切り取った表現をしていて、マンガの1コマですべてが語られています。擬音一つとっても、表現しているエンジン音、タイヤの悲鳴などがその車のものだというのが伝わってきますし、特徴をよく捉えています。

次に多過ぎる好敵手の存在。44巻ともなれば戦ったことのあるライバルは多数にのぼります。そのどれもが、「強すぎるぞ、拓海よ今回は負けるのでは?」と思ってしまうほどの存在感と力量です。しかもそれらに強力な車が加味されてしまう。しかし、しかし、拓海はやっつけてします。その存在が、時には仲間となり、彼を形作っていきます。

最後にやはり彼の愛車AE86を抜きにして語れないのではないでしょうか?1983年に発売されたこのAE86スプリンタートレノ/レビンは、走りを重視した後輪駆動モデルで、当時の若者にとって自分たちでも買えるスポーツカーだったのです。走りの楽しさ、改造することでより走りのフィーリングが得られる作り。当時のレース界も「ハチロク」が席巻していたのでした。そこに来てのこの頭文字Dの連載。瞬く間に中古市場から「ハチロク」が消えてしまいました。

この連載が始まった90年代後半、その後アニメ化、映画化される2000年台。スポーツカー、走りを楽しむ車にとっては「真冬の時代」が訪れていました。そういったスポーツカーなどが淘汰され、作中に登場する車も殆どが新型車を作られることなく、「廃盤」になっていきました。

そんな中、今年2012年にトヨタから新しいスポーツカー、走りを楽しみ、低価格で買える車、
その名も「ハチロク」。
現代にまた蘇ったハチロクは次はどんな音や皆のワクワクを作り出してくれるのか、本当に楽しみですね。このマンガが与えた影響は、1台の車を作るというところにまで行ってしまいました。ハチロクの戦いはまだまだ終わりませんね。

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by manga_do | 2012-05-06 00:00 | 日曜マンガ博物館 | Comments(0)

日曜マンガ博物館(7)ネオファウスト

日曜マンガ博物館
第7回


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ネオファウスト

(未完)
(手塚治虫・講談社手塚治虫文庫全集・977円)



1988年から連載が開始され、1989年に手塚治虫が死去したことによって未完となってしまった作品です。ゲーテの戯曲「ファウスト」を土台にしており、最晩期の作品ながら手塚作品の中では人気は高い。

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<あらすじ>
1970年代の学生運動真っ只中、ある大学「NG大学」の老教授・一ノ関教授は「時代」と「自分の不甲斐なさ」を嘆き、自ら命を絶とうと思っていた時に、美しき悪魔・メフィストが現れる。魂と引き換えに、「若さ」を与える契約をしてしまう。記憶をなくし、若者に生まれ変わった「彼」は気づけば高度経済成長真っ只中の昭和30年代にいた。メフィストに言われるまま、大実業家坂根第造を暴漢から助ける。気に入られた「彼」は養子となり、坂根第一と名付けられ、彼の後継者となる。養父第造の死後、莫大な遺産を受け継ぐ。街で出会った女の子に付いて行った先は「NG大学」。そこで「自分」である「一ノ関教授」に出会う。何かが始まり、何かが狂い、何かが終わる・・。

この後何かと色々あって(ここは省きます)、第1部が完了するのですが、第2部は結局語られることなく彼の死去で未完となってしまう。

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このマンガは戯曲「ファウスト」を下地としながらも、当時の先端技術で最大の関心事「クローン技術」や日本の高度経済成長や学生運動の時代を描いており、手塚治虫にとっても意欲作で、自らが何かを発信しなければならないという思いの強かった作品だと思われます。

まあ、未完ということで全てが推測で結末を知るすべはありませんが、彼が人間の欲と罪を正面から描きたかったというのは、この時代の手塚作品に共通した思いです。

未完といえば他にも「ルードヴィッヒ・B」もあり、こちらも歴史ものとはいえ、想像だけが大きく膨らんでいきます。ですが、「ネオ・ファウスト」は何ページか、絵コンテやネームが収録されていて、それらを手がかりにすればより壮大な作品だったのではないかと思われます。手塚作品のもうひとつの楽しみ方ですね。
by manga_do | 2012-04-29 00:00 | 日曜マンガ博物館 | Comments(0)

日曜マンガ博物館(6)長~いマンガを科学する

日曜マンガ博物館
第6回


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長~いマンガを科学する

よくお客様からの問い合わせで、「20巻ぐらいで完結していて面白いマンガはありますか?」ということを聞かれることがあります。ですが、これが意外と難題なのです。連載が始まったばかりで、1巻2巻3巻とまだまだ手の届く範囲というのはよくあるのですが、「完結」となると今は「浦沢直樹」作品ぐらいしか思いつかないぐらい、今の漫画は長編化しています。もちろん、1冊で終わっているものや短編での良作も数多あるのですが、20巻ぐらいのボリュームで、面白くて完結している。逆を返すと、20巻まで行って面白くて読者から支持されているんだったら、もっと続けようよといった具合にドンドン長編化します。では、読者はどこまで長編化に心躍り、虜になっているのか、100巻以上の刊行された作品を挙げてみましょう。

1位「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(秋本治・179巻・1976年連載開始)
2位「ゴルゴ13」(さいとうたかを・164巻・1968年連載開始)
3位「クッキングパパ」(うえやまとち・118巻・1985年連載開始)
4位「ミナミの帝王」(原作:天王寺大 作画:郷力也・114巻・1992年連載開始)
5位「弐十手物語」(原作:小池一夫 漫画:神江里見・110巻(完結、新シリーズ含まず)・1978年連載開始)
6位「美味しんぼ」(原作:雁屋哲 作画:花咲アキラ・108巻・1983年連載開始)
7位「静かなるドン」(新田たつお・102巻・1989年連載開始)


注意)条件付きながら、100巻以上に達している作品。

・「ドカベン」シリーズ(水島新司・シリーズ総巻数170巻・1972年連載開始)
・「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズ(荒木飛呂彦・シリーズ総巻数106巻・1987年連載開始)
・「グラップラー刃牙」シリーズ(板垣恵介・シリーズ総巻数105巻・1991年連載開始)


                                            (いずれも2012年4月21日現在)


そしてこれにもうすぐ「はじめの一歩(99巻)」と「あぶさん(99巻)」が加わります。

とにかくナガイ

そして、全部濃い。さらに、全部まだ連載中というのが恐ろしいです。作者が存命な限り作品が続くというチキンレースの様相を呈しております。

改めてマンガの力みたいなものを感じさせる作品ですね。パワフルな作者がいて、それを追っかける読者がいる。こんな素晴らしいことはないですね。永遠に、本当永遠に続けて欲しいものです。

番外編ですが、1973年から連載しているのに、単行本がまだ1冊しか出ていない作品があります。
その名は

「赤兵衛」
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ご存知黒鉄ヒロシの元祖ナンセンスギャグ漫画です。38年間も連載していて1巻だけ、しかも選集という形での1冊です。なぜなんでしょうか?今もビッグコミック誌とビッグコミックオリジナル誌で連載中です。あまりにもナンセンスすぎるからでしょうか?もし単行本を定期的に刊行していたら、37,8巻にはなっていたのではないでしょうか?これも立派な長編です。

では、最後に小説の世界に目を向けてみましょうか。日本で刊行されている小説で一番長いシリーズは「宇宙英雄ペリー・ローダン」です。1961年から開始しているドイツのSF小説です。

な、なんと現在423巻(!!!)

さらに、なんと1ヶ月に2冊も発売されます。秘密は総計32人もの作家がリレー形式で執筆しているからなんですって。上には上がいるもんですね。
by manga_do | 2012-04-22 00:00 | 日曜マンガ博物館 | Comments(0)

日曜マンガ博物館(5)あぶさん

日曜マンガ博物館
第5回


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あぶさん

(ビッグコミックオリジナル連載中)
(水島新司・小学館・現在99巻刊行中・4/27に100巻発売)


「これで借金が返せる」

あぶさんの1巻目初めてのセリフです。

今年で連載開始から39年目。野球漫画の大金字塔、スポーツ漫画の不滅の名作、生ける伝説として多くの人がその名前を口にする。誰しも名前ぐらいは聞いたことがあっても、一体何物なの?というのが本音だと思います。

「ドカベン」「大甲子園」の作者として野球漫画の重鎮となった水島新司が、現代のプロ野球、しかも南海ホークス(現在はソフトバンクホークス)というパ・リーグのチームに光を当て、スーパーヒーローとしてでしか無かった野球漫画の主人公を「一野球人」として描いて、酒をこよなく愛する無口なバットマンという新たな野球漫画を切り拓いた記念樹的な漫画です。

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ここであらすじを少し。
あぶさん、本名景浦安武(かげうらやすたけ)1946年12月17日新潟県生まれ。夏の甲子園の新潟県大会決勝で推定飛距離155mの特大ホームランを打ったのだが、ホームに戻ってくるときに前日の飲酒(!)がたたりヘルメットにおゲロしてしまい、それがバレて甲子園行きの切符を失ってしまう。その後実業団チーム(北大阪電機やったかな?)に入るが、「酒」絡みでクビ寸前。そこを南海のスカウトマン岩田鉄五郎(水島作品にはほとんど登場するキャラ、水島新司の化身とも言われている)に南海ホークスに「契約金50万円年俸100万円」でスカウトされる。前述の「これで借金が返せる」はこのとき入り浸っていた「大虎」の飲み台のツケが返せるという意味ではいたセリフです。当時南海は野村克也監督兼任時代。そこで「代打屋」として一球、一打に賭ける男の世界を渡っていきます。その後、レギュラーに定着し、3冠王も経験する。チームは身売りされ、「ダイエーホークス」になり、そこで優勝も日本一も経験する。さらにソフトバンクホークスとなり、62歳まで38年間の現役生活を終える。後半駆け足すぎましたが、じっくり書いたら膨大になりすぎて怖くなるので・・。

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このあぶさんの革新的なところは3つあります。

①主人公が実際の時代の流れと共に年齢を経るというところ。
 連載開始が1973年。そのころあぶさんは26歳。そこからリアルタイムに年齢を重ね37年間現役で居続け ました。漫画の世界とはいえ、驚異的なことですね。
②プロ野球の実在の選手が登場する。
 野村監督をはじめ、数多くの選手が登場します。が、最近は肖像権の関係上、誰でも彼でもというのは減っ ています。現役選手とあぶさんとの絡みは、漫画とはいえドキドキします。
③現在も続いていること。
 リアルタイムで尚且つ62歳まで現役を続け、今また息子・景虎がプロ野球の門を叩き、投手として活躍する 中、あぶさんはホークスの2軍助監督に就任し、後身の指導にあたっている。そう、この漫画には終りがない のです。

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あぶさんは4/27に100巻目が発売されます。丁度区切りのいい巻数。これで終わりなのかも・・。いやいや、ここからこそが始まりなのかも。
by manga_do | 2012-04-15 00:00 | 日曜マンガ博物館 | Comments(2)

日曜マンガ博物館(4)江口寿史

日曜マンガ博物館
第4回


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江口寿史


「江口寿史」の本を買っていく女性は皆カワイイ

何故なんだろう。

1977年に週刊少年ジャンプでデヴューし、その後「すすめ!!パイレーツ」でギャグ漫画に新風を吹き込み、「ストップ、ひばりくん」で人気は大沸騰、今の可愛らしい女の子を描く画風を確立させる。その後、「遅筆」が原因で数々の作品がお蔵入りする中、「江口寿史の爆発ディナーショー」で第38回文藝春秋漫画賞を受賞し、1話完結型式のオムニバスギャグ漫画を確立させる。綺麗すぎる、可愛すぎる女の子を描かせては天下一品と、その不動のスタイルが固定化される。

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実物が、写真がそのままイラストや漫画になっている。その美しさや可愛さは、漫画の世界に入ってもむしろ強調され、リアリティがイラストや漫画お世界に入り込んだことによる「ギャップ」が美しく描かれている。そして、何よりもファッション、デザインが格好いい。写真集や洋雑誌、アート作品まで、彼の参考にする資料は、それまでの漫画家の域を超えている。綺麗さカワイさ、格好よさをよく知っているからこそ、さらなる完璧を目指しているのでは?そう思える彼の世界です。

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そして、ギャグ。ここまで綺麗な絵がかけるのにギャグセンスは未だ衰えず、多くの漫画家に目標ともなっている。その特徴として、エロ、パロディという両輪がある。エロはとことんエロで、パロディは確実に本人が怒るまで。両方徹底的にやっていますね。

こんな人も出てましたね。
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最近は連載もないですが、たまに出す作品はキレイで面白くて、格好いい。このスタンスを許されているのは、読んでいる我々がいつまでも魅了されているからなんでしょうね。

それにしても、キレイな人ばかりが買っていくのは解せないですね。うらやましい。

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by manga_do | 2012-04-08 00:00 | 日曜マンガ博物館 | Comments(0)

日曜マンガ博物館(3)座敷女

日曜マンガ博物館
第3回



<はじめに>
毎週日曜日は、マンガの新作レビューでなく、古今の名作や伝説の漫画家、ずっと語り継いでいきたいマンガにまつわる話など、アーカイブ的なコーナーを開設することにしました。その名も「日曜マンガ博物館」。
その第3回目は・・


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座敷女

(望月峯太郎・講談社・1993年に1巻目刊行)


<あらすじ>
大学生の森ひろしの隣の部屋を執拗にノックし、「隣人」山本君を呼び続けるロングヘアの大女がいた。親切心から自分の部屋から電話をかけさせてあげるのだが・・。それが悪夢の始まりだった。次の日から自分の部屋をノックし続け、名前を呼び続ける。この女の目的は?そもそも誰なんだ?森ひろしにとって毎日が悪夢に変わっていく。

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「バタアシ金魚」で青春グラフィティーを描いた望月峯太郎が、「ホラー」を描いた意欲作。連載は11話で終了し、コミックスも1巻だけという内容だった。今思えばそれがよかったのかもしれない。構成やお話の強弱等極めて映画的であり、2時間映画を観ている錯覚に陥るほどのテンポの良さとお話の盛り上げ方だ。

1993年はバブル後の停滞感がある雰囲気というよりも、趣向の多様性、ライフスタイルの個人化など、現在の2012年とも十分通じるところがあった時代だ。インターネットの普及という点では、まだまだではあったが、特に都市部での情報の氾濫は「ネット」時代の前では頂点に達していたといえよう。

作中に出てくる大女、今で言えば「ストーカー」という言葉で片付けられ、あまりしつこいなら警察沙汰になるようなことだが、当時はストーカーという言葉自体あまり普及しておらず、しつこくつきまとう、といったぐらいではないでしょうか。そして、怖いお話が怪談だったり、お化けだったり、民俗学的なところの怖さがあったのですが、「都市伝説」これらが実態めいたものを持ち出したのもこの時期です。

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ストーカーと都市伝説、これらを巧みに織り交ぜながら、それまで感じたことのない恐怖、自分の身近なところの恐怖といった新たな形の「怪談」が出始めたのもこの頃です。

この本を読み終わった時に、えもいわれぬ恐怖を感じるのは、恐怖の対象がお化けではなく、人間というところにシフトしていき、この怖さこそ最上の恐怖だったと実感したのも90年代でしたね。

この作品のあと、望月峯太郎は「鮫肌男と桃尻女」「ドラゴンヘッド」といったヒット作品を世に送り出します。そして、その作品の根底にあるのは「人間」というところ。そう言う意味でもこの「座敷女」の生み出したものは1巻だけとはいえ大きかったのではないでしょうか。

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by manga_do | 2012-04-01 00:00 | 日曜マンガ博物館 | Comments(0)

日曜マンガ博物館(2)プラモ狂四郎

日曜マンガ博物館
第2回


<はじめに>
毎週日曜日は、マンガの新作レビューでなく、古今の名作や伝説の漫画家、ずっと語り継いでいきたいマンガにまつわる話など、アーカイブ的なコーナーを開設することにしました。その名も「日曜マンガ博物館」。
その第2回目は・・

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プラモ狂四郎

(やまと虹一・クラフト団・講談社・1982年に1巻刊行)
(現在、漫画文庫全10巻刊行中)


<あらすじ>
プラモデル、特にガンプラが好きな小学生・京田四郎は行きつけの模型店「クラフト・マン」のマスターに、自分の作ったプラモデルを使って仮想空間で戦う「プラモシュミレーションマシーン」をやってみないかと誘われる。自分の作ったプラモデルが本当の戦場にいるみたいに動き、戦い、そしてダメージを受ける。そんな世界にドハマリしていく。数々のプレーヤーと戦い、ついには自分専用のガンダムを設計、製作していくまでに至る。そして、日本を代表するプレーヤーと成長していく。

1982年と言えば空前のガンプラブーム。誰もがおもちゃ屋さんに列をなし、ガンプラを買い求めた時代。そんな時にガンプラを仮想空間とはいえ、自分の作った仕様で戦わすことができるマンガ。大「プラモ狂四郎」ブームが発生します。

プラモ狂四郎は一見荒唐無稽な夢話と思いきや、プラモをこう改造すれば良くなるよ、こういうプラモの特徴があるから戦闘には有利なんだ、といった具合にあくまでも、徹底して現実世界のガンプラ講座みたいなものとリンクしていたのです。だから、お話の戦闘もそうですが、その改造ポイントに熱狂していましたね。

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そういう意味でも、このマンガは漫画の面白さだけでなく、ガンプラの知識、プラモデル製作の腕、造形欲などが総合的に絡み合っているマンガでした。実際、「ストリームベース」というプラモデルのモデラー集団が作中に登場する等、その総合力は当代随一のガンプラの頭脳が当時集結していたのではないでしょうか。

この漫画の影響はその後も続きます。この雑誌の連載されていたボンボン、講談社は「ガンダム」に強い、ということでその後のガンダム作品のコミカライズをほとんど手がけ、「MSV」と呼ばれるガンダムのモビルスーツの別シリーズまで立ち上げるに至りました。

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ここで連載雑誌「ボンボン」について。小学館の「コロコロ」に対抗して立ち上げられた「ボンボン」は1981年生まれ。「ドラえもん」を中心とした王道子供向け漫画のコロコロに対して、ガンダムを軸とした連載と、今では確実にNGなお色気マンガ(小学生向けとはいえ、かなり過激だった記憶が)の両輪で行っていましたが、その後90年代後半の「コロコロ」連載の「ポケモン」が子供向け2大巨頭を、コロコロの一人勝ちへと変化させていきました。ゲーム機、ゲームキャラ、おもちゃ、おもちゃを題材にしたマンガ。といった具合にその時代の流れを読み取っていくコロコロに対して、その後追いに終始してしまったボンボン。頼みの綱のガンダムもファンの高齢化とオタク化が進み、子供向け漫画での仕様ではなくなってしまいました。

プラモ狂四郎もその流れに逆らうことができずに、その後「新プラモ狂四郎」を開始するも1988年に終幕してしまう。しかし、ガンダムのデザイン、モビルスーツの世界には大きな影響を与えています。主人公四郎のオリジナルガンダム、「パーフェクトガンダム」は当時の小学生の憧れの的であり、直接ガンダム世界に登場しないのに、後にプラモ化されるという快挙を成し遂げます。当時のガンプラを作っていた少年たちの「代弁者」としての狂四郎の存在はその当時の「創造性」に大きく寄与したと思います。

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さあ、もう一度読み返しますか。お、手元にあるやんか。なんか図ったようなタイミング。どれどれ・・・
by manga_do | 2012-03-25 07:38 | 日曜マンガ博物館 | Comments(1)